2008年11月04日
生きる力
最近ウチの常連さんになってくれた方のお話です。
生きる力を考えさせられました。
その方は50代の障害をもたれた方です。
話すのも言葉が聞き取りにくい。体も思うように動かせないようです。でも、介護が必要とか車椅子とかでは無いのです。
初めてその方が来られたとき、天然石の玉を買っていただきました。お聞きすると、ご自分でもビーズでいろんな作品を作っておられるとか。そういった作品に天然石を織り交ぜるのだそうです。
次回来られる時はお作りになった作品を見せてくださいね、と言って別れました。
2週間ほど経って来られたときには、約束どおり、ご自身でお作りになられた作品を持ってこられました。ビーズをとっても起用に扱っておられました。健常者でもここまでは無理だと思えるほど立派な作品です。
その方のお名前を「茜さん」としておきましょう。茜さんは、障害者が集まってモノ作りをしている「工房」で働いており、今は他の障害者に教えてあげる立場にあるそうです。
何度か来られて話をするうちに、茜さん自身のことをお聞きすることが出来ました。
彼女は生まれたときからの障害者で、一人では何も出来ないほどひどかったらしいのです。
彼女が小学5年生の時両親が離婚。
当然母に引き取ってもらえると思っていた彼女でしたが、期待は裏切られたのです。母からすれば、手のかかる子を連れて次の人生をスタートしたくはなかったのでしょう。
それから父は新しい奥さんと結婚。
二人の間に子供が生まれたのですが、1年で亡くなってしまいます。
この頃から、新しい母の茜さんに対する虐待が始まります。
自分自身の子が亡くなり、手のかかるこんな子だけが家にいる。・・・それが許せなかったのでしょう(これは茜さん自身が言われた言葉です。)
中学まで虐待は続いたと言います。
中学卒業後、障害者専用の職場に行きます。家を離れて住み込みでの生活です。その当時あった障害者同士のコミュニティで、今の旦那様と出会われたそうです。旦那様も障害のある方でした。
4人の子供をもうけたものの、生活はひどいものです。
その当時は財布を持ったことがなかったようです。なぜなら、1000円以上持つことがないから財布はいらないのです。
家族の最高の贅沢は、お好み焼きに肉が入れられることだったと言います。
茜さんの言葉で印象的だったのは「子供が出来て私の体も良くなっていったの」という事です。子供が出来ると体質が変わって体が動くなるようになるのかな、と思っていましたら、全然違いました。
茜さん「一人目が出来た頃はね、私一人で子供にミルクをやることが出来ないで、半分以上こぼしてたわ。でも、何とかしないとならない、という思いは体が動くようになるのね。」
子育てが、生きなければならない執念が、結果的にリハビリとなって生まれつきの障害も克服したようです。
彼女は言います。
「もし、小学生の頃両親が離婚しないでいたら、今の私は無かったと思う。両親はとっても私にかまってくれていたから・・・
虐待を受け、中学を出て働きに行かなくなった事や、子供を一人で育てなければならなくなった時の状況が私を作ってくれたのです」
その後茜さんは旦那さんと離婚する事になります。
要約するとこういうことですが、とっても苦労されたお話を長い時間聞いていて、涙が出そうになりました。
そして茜さんは言われます。
「周りを見ているとね、なんでもっと頑張れないの!って思う。直ぐに諦める人が多すぎるわ」
彼女が言うから納得させられます。
余談なのですが、茜さんとのご縁・・・実はもっと以前にあったのです。
茜さんの旦那さんは自転車屋を営んでおられたのですが、その自転車屋の近くに僕が住んでいたときがありました。そして・・・なんと!息子が小さかった頃、そこで自転車を買っているのですね!!
奇遇、というより人のつさながりを感じます。





